あなたは怒(おこ)れますか?

みなさんご存知のように(知らんか)私はオコリンボです。これでも以前に比べたらかなり怒らなくなったんですが、怒らない教信者の方々からすると私は怒らなくてもいいことでいつも怒ってる人らしいです。私の日干は丙なんですが、普段は自分に丙っぽいものを感じないんですけどオコリンボの部分については丙だよねー、と思います。

 

怒る人と怒らない人、それぞれ『怒ること」と『怒らないこと」を選択しているわけです。選択するということは、選択しているものにメリットがあるからです。怒る人は何をメリットとして怒っているのか、怒らない人は何をメリットとして怒らないでいるのか。

 

1:怒らないことのメリット


怒らない人が怒る人をなだめる際によく言いますね、「そんなカッカしなさんな」と。感情の起伏ってしんどいです。怒るほうはもちろん疲れますし、それを見ているほうも疲れます。感情を先行させてしまうと間違った判断をしてしまう恐れは確かにありますね。まー、これは百歩ゆずって許せる考えです。

 

怒りという感情を出すということは相手にぶつかるということ、感情のぶつかり合いをヨシとしない人、ぶつからないことがうまくいってると勘違いしてる人は、ことさら他者の感情が発露されることを厭います。他者の感情を受けると自分の何かに抵触してしまうので、それを恐れるあまり自分のみならず他者の感情にも抑圧をかけてきます。

 

怒られることがイヤだから、自分も怒りません。

 

感情は自分を主語にするのがいい、と言われていますが、怒ってるのは他者です。そして怒ってる人に対して自分はどうなっているか。

 

怒られている。

 

責められている。

 

叱られている。

 

他者の感情の起伏になんらかのスイッチを押されてしまう、それはもちろん過去の痛みがあるからです。

 

お酒を飲んで荒れるおとうさんがイヤだった、八つ当たりして怒るおかあさんがイヤだった。

 

おとうさんもおかあさんも怒っていました。怒ることに対して過剰に防御してしまうパターンに嵌り込んでしまっています。

 

でね、怒らない派の人でずるい人は、他者の怒りを茶化すことが多いんですね。

参考エントリー:茶化されるのがイヤだったわけ

 

怒る

茶化される

さらに怒る

茶化される

始めに戻る

 

直近でこの図式そのまんまの現象となったのが西野の炎上です。怒りの声をあげたクリエイターさんを外部が茶化す。なに怒ってんの?って。ま、もともとは西野が茶化したんですけど。それは怒りを誘発するためです。炎上のためです。

キングコング西野の件は「炎上」では足りない

 

タイムアウト。

続きは献血ルームから帰ってきてから。

文鳥ってオコリンボなんですよー。激おこぷんぷん丸です。

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