【公開質疑応答その8】それを選んで生まれてきた

 

みなさんご存知のように(知らんか)、私は小田嶋隆センセ(珍しく敬称つき)の信者でありまして、センセの底意地の悪い、切れ味の鋭いテキストにはいつもやられっぱなしです!

 

センセの著書は絶版本も含めすべて初版本で持っているという信者っぷりでしたが、先日、終活の一環としてすべてブックオフさんに引き取ってもらいました。センセの御本がまた誰かの濁った思考に光を届けてくれますように。ま、本は手放してもセンセの思考は私の血肉となって骨の髄まで染み込んでいるからいいのですが。

 

さて、センセのツイッターにおけるありがたいお言葉です。

 

https://twitter.com/tako_ashi/status/884958919918985216

 

アップデートできるかどうかはおいといて、「教義になっちゃう」「信者をつくっちゃう」ってとこ。なぜ教義になっちゃうのか、信者が発生してしまうのか。

 

私ね、このツイートがすべてを言い尽くしていると思うのですが(永久保存版です)。


いまぷ さま

 

その6 を読んで、許せない   について書いていたメールが消えてしまって呆然としている朝でした。

気を取り直して、新規展開です。

 

まず、「選んで来た」は  自分の人生を許せる様になったら  どう受け取る様になりますか?

 

1:見える人に『そう言う言い方をするのね』と聞き流す

2:『そう言う考え方も有るんだね(私は同意しないけど)』

3:『そうなのよ!私が選んだのよ』

4:どれも違う

 

文中の

[相手の痛みを感じるより、自分の痛みを我慢する方が楽なのでしょう

そこまでいけたら いいですねー]  に?

 

私は 小さい頃の洗脳(誰から?)により、自分の周りの人が皆幸福にならなければ自分は幸福になれないと思って来ました。(毎夜祈ってから寝てた)

だから 自分より人の要求優先を心がけ、「私の存在が嫌だ と言われたらどうしよう、何処か遠くへ行けば生きていてもいいかしら」なんて事を真剣に考えてシュミレートしてました。

起こった「よく無い出来事」は 言葉巧みに自分を納得させて、

"人生の出来事は 色を持たない、色を塗るのは自分自身だ"と言う言葉を実践してました。

 

漫画の台詞で「本来セコくて安普請なくせに、見栄を張って…人格の崩壊は時間の問題ね」

を自分への言葉だと思ったのが スタートライン。

 

こんなの嫌だ!!!   で いまぷさんに辿り着きました。

 

まだまだ途上ですが、目指すゴールはどこなんですかね?

マラソンじゃなく オリエンテーリングの様な感じですね。

スタンプラリーかな?

 

もっと疑問があったのに、文章にする途中で消えたので、また縺れてしまった感じです。

結び目を解くマリア様にお祈りします。

 

けろきち  拝


えー、複数のお題がありますが、まず1番目、どう受け取るようになるか。

 

どうでもよくなります。

 

何が、ではなくて、誰からか。「選んで生まれてきた」説が自分にとって必要なければ、受け取らないだけの話です。そこにこだわってしまってるというのは、「誰からか」が大きいのではないでしょうか。

 

「選んで生まれてきた」説でけろきちさんを言い聞かせようとした人、もとい、言い聞かせ感を抱かさせられた人、その人じゃなかったら、「選んで生まれてきた」説は受け入れることができて、艱難辛苦と折り合いをつけて生きてこれたかもしれませんよ。

 

えー、私も最近ちょっとどうでもよくなってきました。が、逆に困ったこともあります。

 

「選んで生まれてきた」説にとらわれているうちは、「選んで生まれたきた」説を受け入れられたなら問題が解決する可能性はあるわけです。が、「選んで生まれてきた」教と決定的に決別するなら、それ以外の答えを見つけ出さなくてはならないのです。こっちのほうが、困った困ったこまどり姉妹、です。

 

次、2番目、小さい頃の洗脳とありますが、これ、特定するのは難しい作業ではないと思います。それこそトランスに入っていただいたら出てくることでしょうね。そのままの自分ではダメだ、他者に尽くさないと存在意義がない、とけろきちさんにインプットした人、インプットされたことがそもそも受け入れがたい理不尽なことなわけで、理不尽、理屈がないことに対しては有無を言わさず、否応もなく押さえつける強力な理論が必要ですよね。

 

その最たるものが「選んで生まれてきた」教だったのではないでしょうか。

 

けろきちさんの持病、なぜ私が?と幾度となく思われたことでしょう。「選んで生まれてきた教」の信者となれたなら、三浦綾子のように「信じる者は救われる」状態になれることでしょう。

 

信者になれなかったから、現時点でも病気のことを納得できていないし、当然のことながら解決策も手にされていません。

 

けろきちさんに必要なのは、病気にまつわる苦しさから解放されることですからね。

 

3番目がちょっと悩みました。漫画の台詞云々、スタートラインとありますが、これはいつのことでしょうか?

 

こんなの嫌だ、と思われたのは、安普請なとこなのか、それとも見栄をはってるとこなのか。けろきちさんを安普請だと思わせてしまったのは誰なのか、見栄を張らせたのは誰なのか。これこそ他者目線、他者との比較がないとありえないことですよ。

 

病気の完全快癒はすぐには無理でも、安普請云々からお気持ちを解放していただくのはそう難しいことではないと思いますが?

 

そのことから、病気にもいい効果がある可能性がゼロとは言い切れません。で、もしも快方に向かった場合は、いかに自分で自分を責めていたか、がわかることでしょう(もちろん、責めていた「せい」で病気なった、とは言いません)。

選んで生まれてきた、がどうでもよくなるということは、選んで生まれてきた、を受け入れなくては、という「ねばならない」からひとつ解放されるので、楽になります。たとえその次、じゃあどうやって解決したらいいの?が待ち受けているとしても。不妊治療やめたら妊娠する、みたいに、滞りを動かすための呼び水にはなるような気がします(希望的観測。

 

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